花の蜜や花粉を集めるミツバチ。
ところで、ミツバチが鳴くって、知っていますか?
巣の中で、誕生したばかりの女王蜂が自分をアピールするために鳴き声を上げるんです。そんなミツバチの知られざる生態を取材しました。
やんばるの豊かな自然
沖縄本島の北部は「やんばる(山原)」と呼ばれ、深い緑におおわれている。2021年には、その一部が西表島や奄美大島などとともに世界自然遺産に登録された。豊かな自然をたたえるこの森で、今、小さな命が生まれようとしている。
ミツバチのダンス
養蜂家のMさんは、沖縄本島北部でミツバチを育てている。
「いま、蜜があふれて採蜜のシーズンなんですが、『あっちに蜜があるよ』ってダンスを踊ってるんです」
ミツバチの巣箱を開けて見せてくれたのは、「ミツバチのダンス」。踊る角度によって、巣と太陽の位置関係から花のありかを仲間に伝えているのだ。
花にとっても大切な存在
花から花へと飛びまわるミツバチ は、花にとっては花粉を運んでくれる大切な存在だ。
花は種類によって蜜を出す時間をズラすことで、ミツバチがどの花にもまんべんなく訪れるようにしている。そうやってミツバチが行き交うことで、花は命をつないでいる。
1つの巣に1匹の女王蜂
両足にたっぷりと花粉を携えながら、巣箱へと戻ってきたミツバチたち。
巣箱の中には、およそ1万匹の働き蜂と、たった1匹の女王蜂が暮らしている。
集められた蜜や花粉は、彼女たちの食料として大切に貯蔵される。
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活躍する沖縄のミツバチ
ある日、養蜂家のMさんが、ミツバチの巣箱を移動する作業をしていた。
「これは本土の養蜂家さんに出荷するための種蜂(たねばち)の出荷作業です。4月に花が咲き始める桜の蜂蜜を採るために、この子たちが活躍するんです」
ミツバチの出荷
実は、養蜂家の仕事は、蜂蜜を採って売るだけではない。
多くの場合、ミツバチそのものを売って生計を立てているのだ。
Mさんのミツバチも、巣箱ごとトラックに積み込まれていった。そして海を越えて日本本土へ送られ、全国各地の農家に届けられる。
農家にとっては、花粉を運んでくれるミツバチは、作物を受粉させるために欠かせない大切な存在だ。イチゴやサクランボなどの果物や、多くの野菜がミツバチによって受粉して生産されている。
日本人の食卓に並ぶ多くの食物が、ミツバチによってもたらされているのだ。
重宝される沖縄のミツバチ
しかし、ミツバチは寒さに弱い。気温が15℃を下回ると、繁殖をやめてしまう。したがって、日本本土の農家や養蜂家にとって、冬の季節にミツバチを確保することが大きな課題となっている。
そこで、沖縄のミツバチが大活躍する。
沖縄は一年を通して15℃を下回ることが少ないため、冬のあいだも繁殖活動ができる。だから、沖縄のミツバチは日本中の農家にとても重宝されているのだ。
沖縄のミツバチは、その小さな体で、日本の農業を支えているのだ。
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女王蜂が出す鳴き声
日本本土への出荷を終えた3月。
沖縄に残されたミツバチの巣箱の中に、いくつかの不思議な「ふくらみ」が現れた。
女王蜂の不在
養蜂家のMさんが、この「ふくらみ」の秘密を教えてくれた。
「ミツバチたちは、巣の中から女王蜂がいなくなったことが分かるんです。女王蜂は常にフェロモンを出して巣を支配しているんですけど、そのフェロモンを出す女王蜂がいなくなっちゃったから、『あれ、どうしたんだろう』となって、『あ、女王蜂がいなくなったんだ』って」
女王蜂は、毎日約2000個もの卵を産み続け、繁殖をたった1匹で担っている。女王蜂が本土へ出荷されたことによって、この巣は繁殖の機能を失ってしまったのだ。
巣のあるじを失った働き蜂は、新たな女王蜂を招き入れる必要に迫られる。このまま繁殖できない状態が続けば、当然自分たちは滅んでしまうからだ。
あるじを失った働き蜂は…
しかし、どのようにして新たな女王蜂を招き入れるのだろうか?どこかから連れてくるのだろうか?
いや。答えは、働き蜂が女王蜂を「作り上げる」のだ。
女王蜂という巣のあるじを失った働き蜂は、女王蜂が巣を去る前に産み落としていた卵のいくつかに、特別な栄養を与え続けることで、女王蜂に仕立てるのだ。
働き蜂は、女王蜂として育てる卵のまわりに「王台」と呼ばれる特別な部屋を作る。これが、不思議な「ふくらみ」の正体だ。この「王台」の中で、働き蜂になるはずの幼虫に特別なエサを与え続けることで、幼虫はぐんぐん大きくなり、女王蜂へと変化を遂げる。
鳴き声で存在をアピールする
女王蜂がいなくなってから、10日ほどたった日。ついに、王台から女王蜂が誕生する。
そのとき、何千という働き蜂の羽音の中に、「プーン、プーン」という、高く小さな音が聞こえた。
「聞こえますね。ほかの女王蜂にアピールしてるんですね。『私が女王様だ』って」
養蜂家のMさんによると、女王蜂は誕生の瞬間に羽を震わせることで、高い音を出すという。まるで自らの誕生を働き蜂たちにアピールするかのように。その鳴き声を聞くことで、働き蜂たちはこの巣にあるじが誕生したことを知るのだ。
さらに、「王台」は一つではない。
1匹目の女王蜂が誕生すると、まだ出てきていないほかの王台からも音が聞こえ始めた。今度は「ホー、ホー、ホー」という低い鳴き声だ。
「ここにもいるぞ」と言わんばかりに、ほかの女王蜂候補たちが次々に声をあげる。やんばるの森に、生命の歌が響き渡る。
「鳴き声」が告げる春の訪れ
その後、女王蜂は1匹に絞られる。1対1の「決闘」が何度か繰り返され、生き残った1匹だけがこの巣のあるじとして正式に認められる。
養蜂家のMさんは言う。
「自然に生まれた女王蜂が、自然に交尾して帰ってきて産卵したときに、『この森は豊かなんだな』というのが実感できる。女王蜂が生まれてきたことが、僕たち養蜂家にとって本格的に春が始まったということ」
豊かな自然がつむぐ生命の営み。
羽音に交じって響く小さな歌声が、やんばるに春の訪れを告げている。
おわりに
ミツバチは、巣の周辺に花がないと生きることができない。
また、花にとっても、ミツバチのような花粉を運んでくれる存在がなければ生きられない。
私たちの身近な自然を守ることが命のサイクルを守ることになり、さらに、それは日本の農業=私たちの食を支えることにもつながっている。
私たちが見落としてしまっている大事なことを、ミツバチが教えてくれているような気がする。
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